自分が成すべきことを成す。それによって

自分流の生き方

いかに他人に誤解されようが、またいかに自分の気に入らぬことが世にあろうとも、自分に授けられた職務を全うし、天命を喜びつつその任にあたるのが、人間に生まれた義務である。

新渡戸稲造

もしも、人生に後悔がない生き方があるとしたら、それはきっと、自分の信念を貫き、すべきことを全うした人生だと思う。

こんなふうに生きたい、これが正しいことだと信じている。だから誰が何と言おうとこの道へ進む。

自分で考え決断した道は、行く末にたとえ困難があったとしても、決して後悔はしない。自分自身で選び取った確信があるからだ。

スポンサーリンク

自分の道は自分で見つける

その道は、もしかしたら孤独で、一人ぼっちになるかもしれない。誰からも理解されず、悩むことがあるかもしれない。ときに気持ちが揺らぐかもしれない。

でも、自分の心のなかで、「この道へ進むのが正しい」という確信があるならば、心の声に従っていく。自分を信じて進んでいく。

最後にたどり着ける場所は、他ならぬ自分自身で見つけた場所だ。そこは他の誰でもない、自分自身が見つけた約束の地だ。

そこでこそ、自分が自分であった意味、自分が成すべきことの意味が見つかる。

「この道がわが道」という確信を持つ

自分が歩むべき道を歩んでいるとき、人は真から自分の人生に満足できる。

だから「人生は意味があった」と納得できる。自分は自分であることを、本当の意味で納得できる。

誰かが決めた道を強制されて歩いていても、本当の満足感は得られない。いつもどこかで、「これでいいのか」という迷いがつきまとう。

それは、せっかく自分に生まれてきたこの人生、本当にもったいない話である。

一度きりのこの人生一体何のための生きるのか。自分は何者であり、どこへ向かうのか。どこへ向かいたいのか。

自分の想いを、絶対に軽視しないことである。

出典

『自分をもっと深く掘れ』(三笠書房、2006年)