大切なのは、物事が表面上うまくいっているかどうかではなくて、この心が自らに由っているかどうか、自立しているかどうかです。
「心が自立している」とは、仕事が成功しようとしまいと、恋愛がうまくゆこうとゆくまいと、友人が増えようと減ろうと、どちらでもいいのです。
すなわち、「得ももとより喜ばず、失もまた憂えず」でありまして、何かを得ても喜ばず、何かを失っても嘆かない。
それゆえ、もちろん物事は縁に応じてうまく運ばないこともありますが、そうした外的変化に影響を受けずに済むのです。
こうして、外に何かを期待することがないならば、この心は高らかに自立していて、自ら由っている、と申せましょう。それは心地のよいものです。
小池龍之介
何かを手に入れては喜び、何かを失っては悲しむ。
それは人のサガではあるが、人生に何かを期待して、それに振り回されているかぎりは、いつまで経っても人生で安らぐことはできない。
欲しいものを手に入れれば幸せで欲しいものが手に入らないなら幸せになれない。成功できれば幸せで失敗したら不幸。
そんな外的に要員によって、心は右に左に揺れ、心の平和が乱されてしまう限りは、何を手に入れても落ち着かないし、何を実現しても心から安心することができない。
しかし逆に、誰かに何も期待しない。そして自分の未来にすら期待しない。
失業しようと、独身で寂しい人生であろうと、何が起ころうとも、それはそれでいいと受け入れることができる。
これができれば最強だ。
何が起ころうと、そして何を得て何を失おうと結局自分は自分である。この感覚が自由の正体であり、真に自立しているということだ。
そしてこの感覚こそが唯一、心の平和をもたらしてくれる。
自分はどんなときも自分だ。他人と比べる必要は何一つない。人生が上手くゆこうがゆこまいが、それは関係ない。
金持ちでなくても、モテなくても、仕事で成功していなくても、そんなことは関係ない。結局大切なのは心の在り方。
自分が自立しているか自立していないか、そこが全てだ。
自立していれば、見える世界はガラリと変わる。この広々とした世界を、そして自分自身の人生を、あるがまま思う存分、楽しむことができるだろう。
出典
『『菜根譚』からはじめるつながらない関係』