先を信じられない苦労はしない。人生を生きていく上で、ある程度の忍耐力は必要だと思う。
だが、自分の限界を超えた過度な忍耐はすべきではない。
なぜなら過度な忍耐を経験した人たちはみな、険しく不幸そうな顔をしているからだ。
千田琢哉
人生で何事かを成すためには忍耐が必要である。
とくに、それが自分の人生において価値があることならなおさらだ。本当に大切なものは、そう簡単に手に入らない。
この意味で、我慢すべきに我慢し、忍耐力を発揮することはとても大切なことである。
だがしかし、人生にはする必要のない忍耐もある。それは、「今耐えればこのさきはきっと良くなる!」という先が見えない忍耐である。
ただひたすら辛いことに耐える日々。そして、耐えていることに何一つ意味を実感できない。こんな忍耐なら即刻やめた方がいい。
ボロボロになるまで我慢し、耐えたとしても、再起できないほどのダメージを負ってしまう可能性が高い。それは我慢するときではないのだ。
人生で本当に忍耐が必要なときというのは、その我慢の先に希望が待っていることが前提である。「これさえ耐えれば・・・」そんな希望が見えるなら、忍耐する価値がある。
こういうときこそ、歯を食いしばって耐えるべきだ。その価値は十分にある。
しかし、何のために耐えているのか分からないような忍耐は決してあなたに報いることはない。ボロボロにされ、結局何一つ、価値があるものは得られない。
得られるとしたら一つだけ。
「無意味な我慢は自分の人生をダメにする」という教訓だ。だから、人生で忍耐は必要である。しかし、する必要のない忍耐は、即刻やめた方がいいだろう。
出典
『本気で勝ちたい人は やってはいけない』