「運がいい」とは、人生で何もかもがうまくいくことではない

人生を見つめ直して

あなたは「運がいい」という言葉を聞いて、どんなことを想像するだろうか?

やることなすこと、何もかもがうまくいくことだろうか?欲しいものが手に入ることだろうか?

もちろん、それも運がいいことには違いない。しかし、もっと現実的な意味で運を考えるとき、運がいいことはすなわち、こういうことだと思う。

つまり、運がいい=致命傷を負わないことという話である。

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失敗をさけることが幸運なのではない。むしろ

私達は人生で必ず、何度もつまづく。痛い目に遭う。運がいいか悪いか、それはそのとき、ハッキリと現れる。

例えば運が悪い人。彼らはほんの小さなつまづきによって、致命的なダメージを負う。

致命的なダメージとは、再起不能なダメージということだ。つまり、もうそこから立ち直れない。起き上がることができない。そんな大きなダメージを背負ってしまうことだ。

しかし運がいい人は違う。

彼らは何度も失敗する。そしてダメージを負う。それは運が悪い人と同じなのだが、運がいい人は失敗してもそれが致命的にならない。

だから何度でも起き上がることができる。立ち上がることができる。だから人生トータルでは、悪いことよりも良いことの方が多くなる。だから運がいい。

この意味で、失敗しても致命傷を負わないこと。これはとても大切なことである。

人生で最も運のいい・悪いがハッキリ分かるとき

人生は長い。そして、最終的に人生で勝利する者は、最後まで人生を歩み続けた者である。

人生ではミスをしたり失敗したり、予想外の出来事の連続である。問題なのはそのとき、いかに、その失敗から立ち上がることができるかどうか。全てはそこにかかっている。

しかし、一度転んで大ダメージを負ってしまう。そしてそこからもう二度と立ち上がることができない。これではいけない。だからこそ、そこには運がある。

そう、失敗しても致命傷を負っていない。だからまだ立ち上がることができる。再起できる。これこそがまさに、幸運の証なのだ。

だからやることなすことうまくいくことが必ずしも運がいいとは限らない。一番大切なのは人生失敗したとき。痛い目にあったとき。そのときこそ、運の本当のいい・悪いがハッキリする。

転んでまた起き上がる。そして人生はよりよくなっていく

人生七転び八起き。転んでも起き上がることさえできれば、何度転んでもいい。

いやむしろ、転べば転ぶほど、そこからいろんなことを学ぶことができる。だから人間的にも成長して、よりよい人間になることができる。

最終的に人生でものを言うのは人間力。この意味で、失敗しても起き上がることができる。これこそが最強だ。まさに運がいい、という話だ。

大切なのは失敗しないことではない。失敗しても、それが大事に至らないこと。もう二度と再起不能になってしまうような、大ダメージを受けないことである。

そう、人生何があっても、再び起き上がることができれば、いつでもその失敗を挽回できる。そして、前よりもよりよい自分になることができる。結局は長い人生、それが一番大切なことなのである。