恋は落ちるもの、愛は愛するもの。この意味で運命の人とは

女性の顔のどアップ

運命の人は存在しません。運命の人がいるのではなく、この人は運命の人だと決めるというのが本当です。

岸見一郎

誰かと出会い、恋に落ちる。これは極めて自然発生的なことであり、朝が昼になり、そして昼が夜になるのと同じである。

つまり、恋に落ちることは誰だってできる。しかし愛することは、ごく一部の人しかできない。なぜなら、愛とはその人を愛さんという、人の意志そのものだからである。

恋は必ず終わる

恋は落ちるがやがて冷める。それはどんな熱烈な恋であろうと、絶対に避けられない運命である。

そしてその先、本当の愛があるかどうかはひとえに、人の意志にかかっている。すなわち、恋が冷めたあと、なおその人を愛するかどうか。そこに、恋と愛、決定的な違いがある。

恋しているときの熱烈な感情が冷めてなお。その人と一緒にいようと思う。その人を大切にし、生活を継続し、愛し続けようと思う。

もしそんな気持ちを抱ける誰かがいるとすれば、その人こそがあなたが愛する人である。そして、運命の人である。

「運命の人」の正体

恋が冷めてもそんなことは関係ない。ともかくその人を愛そうと思う。ともに人生を生きようと思う。その感覚にあれこれ説明の必要はない。

ただ、ともに運命を全うしていけばいい。そして、人を愛することの喜びと悲しみを、存分に味わえばいい。そこにこそ、運命の人と邂逅した意味がある。

あなたは出会う。そして必要なことに気づき、学び、変わっていく。

なぜなら運命の人は「好きだ」という感情を共有する人というだけでなく、あなた自身が生きていくことの意味を実感させてくれる人だからである。

最後に

恋に落ちることはかんたんだ。

しかし、人を愛すること。それはあなたが愛そうと決める姿勢である。そしてあなたがそうしたいと思う人こそ。あなたにとってその人が運命の人なのかもしれない。

恋が醒めて、お互いの何もかもが変わってしまったとしても。それでもなお、その人を大切にしようと思う気持ちを持っている自分に気がついたとき。

あなたはすでに気づいている。人として本当に大切なものを。

出典

『愛とためらいの哲学』(PHP新書、2018年)

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