
人は三つの執着によって苦しむ。
①求めるものを得たいという執着。②手にしたものがいつまでも続くようにという執着。③苦痛となっている物事をなくしたいという執着である。
では、これらの苦しみが止むとは、どういう状態だろうか。それは、苦しい現実そのものではなく、苦しみの原因である執着が完全に止んだ状態なのだ。
サンユッタ・ニカーヤ(『反応しない練習』より)
人生において最強な人、それは「何も失うものがない人」である。
人生で何が起ころうが、もはや失うものはない。失うものがないゆえに、何が起こっても「それがどうした」と開き直れる。
それだけではない。これからの人生を、過去の自分やそれまでの人生にとらわれることなく、ゼロから再び築き上げていくことができる。これこそが、失うものがない人だけが持つ絶対的な強みである。
その一方、注意しなければいけないのが、「持っている人」、すなわち「失うものがある人」である。
持っているものが多ければ多いほど、大切なもの、すなわち失いたくないものが多ければ多い人ほど、そこには「恐れ」という名の影が、そっと忍び寄るのだ。
はじめに
私たちは、家族や恋人、仕事、財産、そして自分の評判といった、日々様々な「失ってはいけない」ものに囲まれて生きている。
大切なもの、自分が持っているもの、苦労して手に入れてきたものを絶対に失いたくない。それが人の性である。
だからこそである。人生で成功をおさめた人、大金や魅力的な異性、社会的な評判、「人からうらやましがられるもの」を手に入れた人ほど、今持っている大切なものを守ろうとする。
そして、自分が持っているものを失わないために、どうしても慎重にならざるを得ない。リスクを選択できないため、行動に大きな制限がかかってしまう。
持っているものを守るその代償として、「大切なものを失ってはいけない」というプレッシャーを抱えて生きていかなければいけないのである。まさしく人生は、実に皮肉に満ちていると言わざるを得ない。
持っていない。だからこその「強み」
守るものがある人は、守るものがあるがゆえに、その不安と向き合わなければいけない。
その一方、失うものが少ない人ほど、より自由に、そして自分を尊重して生きていくことができる。これこそが、失うものがなく、世のしがらみを持たないからこその強みである。
そもそも、失うものがないからこそ、失うことへの恐怖を持つことさえない。だからこそ、それは弱みではなく、強みなのである。
そう、何もないということは、ゼロからすべてをやり直せるということだ。自由に生きられるということだ。
もし今あなたが何一つ持っていないなら、全くのゼロの状況であるならば、それは必ずしも悲観すべき状態とは限らない。
あなたはもはや失うものは何一つない。それならいっそ、自分の思った通り、自由に生きていける。人生をより良くやり直せる。
何もかも失うからこそ、強く生きていくことができるのだ。
物事の「表」と「裏」を受け入れる
すべての物事には表と裏がある。どちらか一方だけを見て良い悪いと決めつけるのは損である。持つ者には持つ者、持たざる者には持たざる者、それぞれ表と裏がある。
お金や名誉、成功、大切な人、何でもいいがそれを手に入れることの喜びは、つねに失うことへの恐れ、そして責任が伴う。それが大事なものであればあるほどである。
人生は足し算でめでたしめでたしになるようなシンプルな物語では終わらない。むしろときに、引き算の価値を思い知らされることもある。
持つことは喜びと恐れが、持たないことは欠乏と身軽さが同居する。それぞれが表裏一体となり存在しているのだ。執着をなくすことで、恐れは確かに消えるかもしれない。だがそれは、生きる喜びさえ消してしまうこともある。
だからこそ、得ることと失うこと。持たないことと、持とうとすること。その生きるバランスを保つことが、意味ある人生を送るための鍵なのだろう。
最後に
人類が社会的な動物となって以来、数千年に渡って行われてきた策略がある。その一つが「ハニー・トラップ」である。
その仕組みはこうだ。政治家や芸能人、社長など、社会的な地位を持つ人物に魅力的な異性を送り込む。そして、そのディープな関係を明らかにする証拠を作る。その後、「その関係を公にされたくなければ・・・」と相手を脅し、意のままに動かす。
ハニー・トラップは、相手の「失うこと」への恐れを利用した策略である。異性との関係という、人に知られたくない事実を知られることによってすべてを失ってしまうという恐れ、すなわち人生を失うことへの恐れを利用した策略である。
だからこそそれは、「失うものが大きい人」ほど効果を発揮する。それほどまでに、私たちは失うことを恐れるのだ。富、名声、評判、地位、健康、仲間。それがなんであれ、今持っているものを手放したくないのである。
それは私たちの弱さでもあり、同時に、人生を生きる喜びでもある。だからこそ、生きることは、決して簡単なことではないのである。
さらに気づきを得たい方へ
人生マイナスがあれば必ずプラスあり。人生の壁に直面し、「自分には、もうなにもない」と感じた方へ。人生が良くなるのも、そして悪くなるのもそれは表と裏。こう考えると、道はきっと開けます。



