自分が何者であるのかを決めるのは自分しかない話

大地にしっかり立つ男

自分が何者かを探す者は、それを続ける限り”何者でもない”・・・それは空虚ではなく可能性・・・自分でいかようにも決められるということ。

マーガレット(『ペルソナ4 ザ・ゴールデン』)

自分は一体何者なのか?どんな可能性を持ち、どのような人生を実現することができるのか?

自分探しをする時期があるものだが、結論から言って自分は何者でもなることができる。「私はこういう存在になります」と自分で決めることによって。

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「自分になる」ということ

人は結局、自分にしかなれない。そしてその自分というのは、自分自身が「私はこういう人間です」と決めることによって見つかるものである。

それは長い目で人生を見れば一目瞭然である。なぜなら、見えている世界は一つだけではない。人は自分が想像した世界において、想像した現実を生きていくからである。

例えば、「私はダメです」と自分を否定し続けている人は、自分を否定する現実を無意識で引き寄せるのは決して偶然ではない。「私はツイてる」と信じている人が、実際にツイてることを引き寄せるのも、決して偶然ではない。

ポイントは一つ。「自分が自分のことをどう思っているか?」それだけである。

ポイントは自分が自分をどのように考えているか

「自分は何者でもなれる」という言葉は決して妄想や希望の類ではない。実際問題そうなっていく、という現実的な話である。

「私はこういう人間です」と自分で自分を定義する。するとその「自分観」に応じた行動を現実でするようになる。行動というのは現実を動かす決定的な要素である。だから、自然と現実も行動した通りに変わっていく。

だから「私は安全第一に生きたいです」という人が、リスクを犯して起業家になることはないし、「私はお金を儲けたいです」という人が俗世から離れた隠遁者になることはない。

すなわち、自分が自分をどう思っているか。すべての始まりはそこである。この意味で、自分で何者になるのか。自分で決めることができるのである。

最後に

自分を探すよりも大切なのは、自分がどのようになりたいのかを考え、決めることである。それは自分を探すより確実に、自分が何者であるのかを、教えてくれるだろう。

大切なのは自分が何者なのかではない。何者になりたいのか。ただそれだけである。「できる」「できない」を云々する前にただ純粋に、どうなりたいのか。どうなれば最高なのか。それを考えるのである。

自分とは想像以上に可塑性がある。その気があればどうにもでなれる。だから自分を探す必要はない。なりたい自分を、選ぶのである。

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