「当たり前」のことを徹底する。それだけで周囲から頭一つ抜けられる

連絡に返事する

社会に出て、仕事を通じて様々な人々と関わり合いを持って気づくこと。それは、世の中は案外、本当にちゃんとした人はそこまで多くはない、という現実である。

例えばあなたは小学校でこんな話を聞かされたに違いない。

「人の悪口を言ってはいけません」

「時間に遅れてはいけません」

「約束を破ってはいけません」

「嘘をついてはいけません」

「人の物を盗んではいけません」

いわゆる人としての当たり前のことであるが、実際のところ世の中には、当たり前のことを当然のようにスルーする人が少なからずいる。

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はじめに

例えば私が日々様々な企業関係者の方々とやりとりをする経験から常々感じるのは、同じ業種、同じ仕事であっても、対応は「その人次第」ということである。

企業、それは人の集まりである。様々な個性を持つ人が集い、その性格は様々である。

細かい人がいれば、アバウトな人もいる。時間にルーズでいい加減な人、仕事の依頼を持ちかけてきたにも関わらず突如音信普通になる人や、気づいたら連絡もなしに退職している人もいる。

このような現実があるなかで、気づいたことはただ一つ。人として「当たり前」のことができる人は光っている、という話である。

これからの世で問われること

これからの日本では、「どこの会社に属しているか」で人生の安泰が決まるのではなく、「人として何ができるか」「どのような人なのか」によって人生が決まる時代が近づいている。

そのため、極論を言えば、同じ仕事をするにしても、金額ではなく、「この人と仕事を頼みたい」とお願いされる人になることが大切である。

ではそのためにはどうすればいいか?

もちろん特殊な技術があるに越したことはない。学歴もないよりあったほうがいい。しかしそれら以上に大切なのが、人として信頼されるか。当たり前のことを当たり前にできるかどうか。

すなわち人としてどうなのか。これからの日本で、一定水準の人生を送ることを希望する場合。本質的な人間性が問われることになるだろう。

なぜなら、社会は人と人の集まり。そこにはコミュニティが形成される。そしてコミュニティに参加するためには信頼されることが必要だからである。

例えば「コネ」はその最たるものである。印象は良くないが、コネは紹介する方も、紹介される方も、一定の信頼があってこそ成り立つものである。

特別な能力より評価されるもの

世の中で必要される人間であるため、英語や資格など、スキルを身につける努力は将来における保証を増やすための堅実な手段である。

その一方で、凡事徹底。当たり前の行動を、当たり前に継続し、自分の人間力そのものを高めていくことも大切である。そのために特別な努力をする必要はない。

まずは、当たり前のことを、当たり前にできるようにすることである。たったそれだけで、他の人とは違う自分像を周囲に作り上げることができる。

あいさつをする。時間や約束を守る。言ったことを実行する(=社交辞令を連呼しない)。嘘をつかない。誰かの悪口を言わない。

こうして文字にしてみるとあなたはアホらしく感じるかもしれないが、世の中ではこれらの当たり前を守らない人が意外に多い。

だからこそ当たり前のことをできる人は光る。信用される。それは道徳云々は横においておき、とても「コスパが良い」努力である。

最後に

凡事徹底。当たり前のことを当たり前にやることは、いわば人間貯金を増やすための最効率行動である。

社会が変わり様々な「価値観」を持っている人々が増えている時代だからこそ、「当たり前」のことを徹底する。ただそれだけで、「この人はちゃんとしているな」と評価される材料を手に入れることができる。

世の中はいろんな人がいる。だからこそ大切なのは「自分が」どう振る舞うか。人と比較されることを意識して行動することで、あなたが評価される術を見つけることができる。つまりはそういう話である。