年を重ねて自分の衰えや限界を知る。それによって私たちは

夜空を見つめる

老いることも、死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ。老いるからこそ、死ぬからこそ、たまらなく愛おしく、尊いのだ。

煉獄杏寿郎(『鬼滅の刃』シーズン2−6)

あなたが強く自分の「年齢」を意識し始めたのはいつ頃だろうか?

もしあなたが30代を超えているならきっと、こう感じる瞬間が増えていることに気づいているかもしれない。「人生は案外、短い」ということを。

はじめに

私たちは皆同じく、一つの条件を抱えて生きている。それは「年々体が衰えていく」という条件である。

それを強く実感する転機は概ね30代に突入した瞬間である。少しの睡眠不足。食べ過ぎ。20代の頃はなんともなかったことが30代に入ると突如、体の不調として現れる。

そしてそこからは年々、「今」を起点に体は少しずつ、衰えていく。それにともない、私たちは成長ではなく「限界」を自覚するようになっていく。

今まで興味があったことに興味がなくなること。今までできたことができなくなってしまうことは決して不自然なことではない。それが「体の衰え」という宿命を背負った人間の当然の成り行きである。

今できることを今やる

自分はいつまでも若くない。今できることもいつかはできなくなってしまう。それ以前に興味がなくなってしまう。こうした限界、衰えを自覚することはとても大切である。

なぜなら私たちは、自分の衰えを知ることによって「今」という時間が持つ大切な価値に気づくことができるからである。

今日という日は二度とこない。今できることが5年先10年先にできるかどうかはわからない。だからこそ「今」である。今それができるなら。それをしたいと思うなら。そのチャンスを逃してはいけない。

これこそが人生の「大損」

世の中にはお金がなくて不幸になる人が一方、お金があっても限りなく不幸な人がいる。それは「お金を貯めること」が目的化してしまった人々である。

お金はツールである。いくら貯めていようが、それを使わなければ意味はない。将来に備え最低限のお金を貯めることは必要である。だがそれと同じくらい大切なのは、必要なときに必要なお金を使うことである。

私たちは年々衰える。したいこと。しようと思ったこと。それがこれから先にできるとは限らない。したいことをせずにお金をただ貯め続けることは生きることの喜びや人生で経験できる物事の意味を放棄するに等しいのだ。

最後に

先が見える。自分の限界を感じ始める。

逆説的だが、私たちはこのような状態に陥ってこそ、「今」生きることの意味を感じることができる。そして「今」できることの価値を知ることができる。

先が見えるからこそ、今すべきことが分かる。限界を知るからこそ自分に残された選択肢が見える。それはあなたの人生においてとても大切な「部分」であり、やるべきことである。

年を取り衰えていく自分の現実を知ることは決して不幸なことではない。それは教えてくれている。あなたが今、「何をすべきなのか?」ということを。

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