
隣の部屋の屁が聞こえる部屋に精神の自由はない。
名無し(掲示板の書き込みより)
人生、生きていくにはお金がかかる。
生まれながらの大富豪でないかぎり、何でもかんでも、自分の思い通りにお金を使うことはできない。
何にお金を使って、何にお金を使わないか。その取捨選択が、人生を創る。
衣食住は人生の基本
人生、お金を使わなくても特に問題ないものがある。一方で、「これにお金をケチれば、人生の質が損なわれます」というものがある。
その代表例が家賃である。
衣食住という言葉があるように、住む家は生活の土台。そこは心が安らげ、外での疲れを癒やすことができる、安心の場所であって欲しい。
しかしどうだろう?
家に帰れば壁が薄くて、隣人の生活音が丸聞こえ。うるさくて神経が休まらないだけでなく、自分も生活音を出すまいと、忍者のような生活を強いられる。
こんな状態で、外の世界で元気いっぱい、活躍することができるだろうか?それはよほど神経が図太い人でない限り、無理な話である。
家賃は「安心」を買うお金
家賃は、生活における主要な支出である。
必要以上の無理をするのも良くない。だが、できる限りの範囲において、余計な神経を使わずとも、生活できる場所を選びたい。
多少お金がかかったとしても、必要以上に隣人のことを気にしなくても生活できる場所を選びたい。
それが日々の人生を充実して生きていくために、決してムダにはならない、生きたお金の使い道になる。
家が落ち着ける場所であれば、心も体も健全な状態を保ち、外の世界へ、元気に飛び出していくことができる。
そして、疲れ傷ついても、心と体を休める場所があることそれ自体が、大きなアドバンテージとなる。
帰れる場所がある。落ち着ける場所がある。安らげる場所がある。それが、大切なことである。
小さなストレスを甘く見ない
家賃の支払いは、現代社会で生きていくためのマストかもしれない。だがそのお金は、「物理的な場所」を借りるためだけのお金ではない。
それは、「余計なストレスを抱えない時間を過ごす」場所代であり、「生きていくための活力を養う」場所代でもある。
壁が薄く、つねに隣人の存在を感じ続ける。そんな場所で過ごす時間は、私たちのメンタルに、少なからず影響を与え続ける。
「これくらいの我慢」は人生に必要なものかもしれない。だが程度というものがある。そして、小さいストレスでさえ、長期間にわたって積み重なれば、大きなストレスへと変わりうる。
「住む場所」という問題を甘く考えない。何事も、問題が小さいうちに処理しておくことは、人生の大切な処世術である。
そのストレスが小さなものであれ、日々確かに感じ続けるものであれば、自分が少しでも安らげる場所を手にするために家賃に投資することは、決して無駄ではない。
最後に
人生において、お金を使う必要がないものは使わなければいい。ケチっても問題がないことなら、どんどんケチればいい。
しかし家賃をケチるのは要注意である。冗談抜きに、人生のQOLに影響が出る可能性が高い。
家に帰っても壁が薄くて隣人がうるさい。リラックスできない。落ち着いて寝られない。いくら安かろうと、そんな家に家賃を払うのは、人生のQOLを損なう大損である。
つまるところ、住む家は妥協せず、安心して生活できる家を選ぼう、という話である。


