夢を追う意味。それは自分の魂との約束を果たすこと

運命の波に抗う女性

辛くても悲しくても、私から”音楽をやりたい”という思いは消えなかった。だから仕方がなかった。

周りにどう非難されようと、一度きりの人生の大きなチャンスを棒に振って、あきらめて生きていく方が辛かった。

散々悩んで考えた上での決意だったし、音楽の素晴らしさを表現するためなら、どんな責任を問われてもやるしかないと思った。

リョウコ

人生は一度切り。

道を踏み外さないよう、安全安心な人生を目指すことは一つの価値観として、大切にされるべき生き方である。

しかし、あなたが誰に何を言われようと人生をかけてやり遂げたいことがあるならば。この話はきっと、あなたにとって大きな意味を持つかもしれない。

夢を実現した女性音楽家の話

それはある女性の人生。

彼女は、いわゆるお嬢様育ちで、良い家庭に育ち、良い教育を受け、親の言う通りの人生を生き、会社へ就職。

そのまま、育ちの良い男性と結婚して家庭を持ち、子どもを育てると思いきや、人生は急展開。

1960年、彼女が27歳のとき。

「音楽家になりたい!」と親の反対を押し切って単身、縁もゆかりもない北海道の地へ女の身一つで移住。

男性と出会い結婚するものの夫と死別。子どもを育てながら、自分の夢を実現した。

これは『テルマエ・ロマエ』などで知られるマンガ家ヤマザキマリさんの母親でヴィオラ奏者の、リョウコさんの実話である。

どうしても忘れられない夢があるなら

時代が進歩し、世の中の価値観が多様化していく現代ですら、自分の夢を追いかけることはそう簡単なことではない。

家族に反対され、安定した人生を台無しにして、それでもなお自分の生きたい人生を生きる。

夢を追いかける人生は、綺麗事抜きに大きなリスクがある。

とくに、一度「正規のルート」からハズレてしまえば挽回が難しい日本社会において、自分の夢をおいかけて失敗したとき。

その後の人生で大きなリスクがあるという事実は、十分意識しておきたい事実である。

しかしそれでもなお、どうしてもしたいことがある。叶えたいことがある。その先に待っている、生きたい人生がある。

その想いが何をどうしても消すことができないならば。リョウコさんの生き方から、学べる何かがあるはずである。

この世で自分がすべきこと

1960年。エレキギターが不良の象徴だった時代。

27歳の女性が単身、自分の夢を追いかけて一人単身、神奈川から北海道へ移住する。

親からは勘当され、頼れる人は誰もいない。そんな逆境に負けず、自分の夢を実現する。

リョウコさんの人生は「規格外」かもしれない。誰でもできることではないかもしれない。

でもどうしてもしたいことがあるならば。内側から湧き出てくる声をどうしても無視することができないならば。

そこには人生をかける何かがある。今のすべてを捨てでも、追いかける何かがある。

なぜならそれは、自分の魂との約束だからである。

人生には結果よりも大切なことがある

一度限りのこの人生、大切なのは成功したか失敗したか。

そんなことより、もっともっと、大切なことがある。それは、自分が真っ直ぐ正直に、生きれたかどうか、ということである。

自分の心にウソをついて、したくないことをやり続ける人生。

それは表面的に成功した人生のように見えたとしても、自分の心は決して納得できない。

なぜなら、自分の心だけは、絶対にウソがつけない。

そこに自分自身の人生。いや、自分という人間の、根源的存在理由があるからである。

最後に

自分が心からしたいことを追いかける。

そこにどのようなリスクがあったとしても。大きな代償を支払うことになったとしても。

自分がこの世でやるべきことをやり遂げること。それ自体に意味がある。

なぜなら夢は自分の魂との約束。

夢を叶えることではなく、夢を追いかけていく過程において、自分が生きるべき人生を生きることができる。

もしあなたにどうしても「こう生きたい!」という人生があるのなら。叶えたい夢があるならば。

その思いを誰かに認められる必要はない。ただ自分に正直になり、後悔がない人生を選ぶことが大切だ。

出典

『ヴィオラ母さん』(文藝春秋、2019年)