「去年は良くない1年だった」それは決して悲報ではなく

楽しく踊ろう

「人生には良いときがあれば悪いときもある」

この言葉は実に使い古された、ありきたりの表現である。しかし、まごうことのない真実である。

人生において長過ぎる春を満喫し続けた人はその晩年で寒く、そして長い冬を迎える。心安らぐひまさえない1年が訪れた人は、ある意味これからの未来に期待が持てる人と言える。

なぜなら今が悪いということは、「これから」良くなるからである。だから、去年が良くなかった今年は良くなるかもしれない。もしくは、再来年良くなるかもしれない。

大切なのは、「生きてさえいれば遅かれ早かれ良い時期が訪れる」ということを忘れないことである。楽観性は、人生最良の友である。

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はじめに

今まで人生がうまくいかなかった人は突如として物事がうまくいき始める。今まで評価され、人生がうまくいっていた人は突然評価されなくなり、物事がうまくいかなくなる。

つねに移ろう人生のサイクルに、私たちが人為を持って抗う術はない。「私は日々最高を求めます。今の最高の現実を、同じ状態で永遠に継続させてください」と願ったところで、全ての物事は必ず、変わっていく。

現在絶頂に到達している成功者や人気者でさえ、時が過ぎればすべては逆転し、スキャンダルやトラブルに巻き込まれ、その勢いを失速させていく。

その一方。「あのとき、私の人生は終わったと覚悟しました・・・」という状態の人がその後。「思えば、あれが私の人生の底でした。今は最高に幸せです!」という状態を迎えていることは、決して特殊な現象ではない。

なぜなら「人生には良いときがあれば悪いときもある」からである。

冬が過ぎれば、やがて春が来る。

状況が悪いとき、物事は実際以上に悲観的に見える。状況が良いとき、物事は実際以上に良く見える。

思う存分人生の春が訪れた人は、春を楽しむ中で巻いた種を、やがて自分自身で刈り取る。その結果、それは寒い冬の訪れの原因になる。一方、人生を堅実に生きてきたにもかかわらず、突如大きな問題に巻き込まれてしまうことは起こりうる。

生きている限り何が起きても不思議はない。大切なのは悲観せず、かといって達観せず、良いときは心を引き締め、悪いときは悲観しないよう、自分の心のたずなを引き締めることが大切である。

人生の悪いときには確かに様々な問題や悲しい思いをするが、実際のところ人生に大ダメージを与えるような原因が生じる時期は、むしろ人生がうまくいっているときである。

自分の人生を信じる

「去年はほんとうに・・・」という1年が過ぎたなら。もしかしたら今年こそ、良い1年になるかもしれない。

繰り返しになるが、人生はそもそも山あり谷あり。良いときがあって、悪いときがあることが自然である。この意味で、今が悪いということは「今後良くなる」ということを示唆している。

もちろんいつ、よくなるかは分からない。「悪いときは悪いとき。それはもう仕方がない」と受け入れ、自分で自分の傷を広げるような行動を慎む。そして、やがて良いときが訪れることを強く、信じる。

これは小さなことのように思えて、とても大切なことである。これから先、きっと良くなることを信じることは自分の人生を信じることだからである。

最後に

「去年はだめだった。今年もいまいちだった」

そんな時期があったとしても、「これから先も悪い年が続きます」とは限らない。人生は周期的に誰であれ、悪い時期は必ず訪れる。それはそういうもの。

「仕方ない」と割り切った上で、兎にも角にも、悪い時期に「自分自身で傷を広げない」ことが肝心である。そして、「生きてさえいれば遅かれ早かれ良い時期は訪れる」ことを、楽観的に信じることである。

「人生はやがて良くなる!」と信じる上で根拠は必要ない。良い時期があれば悪い時期もある。そうして私たちはこの世界で、必要なことを学んでいくのだ。