仕事は結局、人間関係が「全て」である。

職場の人々

仕事をしてお金を稼ぐ。

すると多くの人と関わる。そこにはいろんな人がいる。

この意味で仕事は結局人間関係。続くか続かないかも、そこにいる人次第!

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仕事で人と関わること

グーグルで「人間関係」と検索すると、

「人間関係 疲れた」

「人間関係 めんどくさい」

「人間関係 最悪 職場」

など、様々なネガティブワードが関連表示される。検索数も多い。

もしかしたら、人間関係でイヤな思いをしている人が多いのかもしれない。

私はWEB関連の仕事をしている。普段は、自宅で自分の仕事をするだけなので、人との関わりはあまりない。取引先ともメールでやり取りするくらいだ。

今は人間関係で煩わしい思いをしない暮らしをしているが、昔は公立校の教師として、2つの学校で働いた経験がある。

教職は人間関係が濃い仕事で、そこでの人間関係が大変で、フリーとしての生き方を選んだようなものだ。

1つめの学校では先輩教師らとの人間関係、2つめの学校では生徒との人間関係に悩み、教師の仕事の厳しさを実感、結局は辞めることにした。

仕事自体は嫌いではなかったが、上下関係の厳しい人間関係や、陰口や足の引っ張り合い(職員室の人間関係は怖い!)、生徒が起こすトラブルの対応など、精神にジワジワくるような日々。

教職をあきらめた後は、しばらく精神的に参っていた。だから、人間関係で悩まない仕事で食っていければ、それは最高だと思った(実際そうだった)。

筆者はサラリーマンをしたことはないが、会社で働いている友人たちに聞くと、私と同じように、「仕事より職場の人間関係がイヤだ」と言う人の方が多いのが不思議だった。

どうやら、働くということは、仕事よりも人間関係の方が大変のようだ。

仕事で関わる人

同僚、上司、部下、取引先・・・。多くの人は、複雑な人間関係のなか、日々仕事をしている。

だけれど、人と関わりながら働くのは、とても大変なことだ。関わる人全てが良識人や良い人とも限らない。

中には、悪意をもってこちらを貶めたり、足を引っ張って傷つけようとするような人もいる。

職場には良い人よりも、面倒な人、仕事と割りきって付き合う方がいい人の方が多いのではないだろうか。

もっとハッキリ言えば、「イヤな人」の問題で悩むことの方が多い、ということだ。

・ネチネチと嫌味を言う人

・地位を傘にパワハラする人

・大きな声で人を恫喝する人

・理不尽にクレームをつけてくる人

・口を開けば人の悪口ばかり言っている人

このような「イヤな人」への対応のストレスやダメージは、肉体よりも精神に影響を食らう。

体の疲れはカタチがあるもので、休めば比較的かんたんに回復するが、精神の疲れは、体の疲れとは違い、回復に時間がかかる。

そして、その影響はなかなか表には出てこない。「気がついたら重症になっていた・・・」ということも多いかもしれない。

なぜ仕事の人間関係は大変なのか?

仕事を転職する理由の多くが、給与面よりも職場の人間関係を原因となっていることはよく知られている。

所属する集団の人間関係が良ければ、たとえ仕事がきつくても、そこで頑張りたいと思うものだ。

しかし、その集団内に嫌がらせや悪口、陰口、暴言や罵倒、暴力が充満していれば、そんな場所から離れたくなるのは自然な話だ。

基本的に、仕事での人間関係は、個性や性格など関係なく、「利害」を軸に関わっている関係だ。早い話お金でつながっている関係だ。

だからこそ、同じ職場の人の性格や人間性など関係なく、性格も考え方も違う人が一緒になって働くことができるのだ。

その証拠に、仕事を辞めたとたん職場での人間関係はすぐに途絶えてしまうことが多い。なかには、1人2人、仕事を別にして付き合える人間がいるが、それは例外。

会社でお偉いさんをしていた人が定年退職をした途端、「かつての部下から年賀状やお歳暮が届かなくなった」というのはよくある話。

結局は、仕事での人間関係は、職場という限定された場での関係なのだと思う。

「利」でつながっているからこそ、その利が途絶えたとたん関係も途切れてしまう。そんな関係なのだ。

職場に良い人間関係を求めてはいけない?

ある有名な芸能人が、「給料は我慢料だ」と言っていた。

仕事はそもそも辛いもの、だから我慢して仕事をして、その我慢の対価としてお金をもらう。このような内容の話だ。

ただ、実際には楽しく仕事をして、お金をもらうこともできる。我慢して仕事をしなくても、楽しく仕事をしてお金を稼ぐこともできる。

私が10代の頃、高校を卒業して、東京に出て、とある飲食店でアルバイトをしたときのことだ。

最初、イヤなおばさんがいて、威圧的&嫌味でネチネチやられて、そのバイトを辞めようとしたが、他のパートのおばさんに助けられて、そのイヤなおばさんはパートを辞めた。

それからは、そのバイトで良い人間関係に恵まれ、何だかんだで2年も働くことになった。シングルファーザーのおじさんや、主婦の人、本当によくしてもらった。

結局、一緒に働く人次第で、仕事は楽しみにも苦痛にもなる。

実際、全ての仕事は我慢して給料をもらうものではなく、どんな人と働くのか、言ってみればその仕事の人間関係は運に左右されることの方が大きいように思える。

そもそも、どこかに勤めて働く場合、どんな人と働くか、こちらには選択肢はなく、環境に適応する必要がある。

だからこそ、良い同僚や良い上司、良い部下と働くことを期待すること自体が、間違っているのかもしれない。

おかしい人間関係から離れる

世の中には、たしかに「おかしい」、「異常だ」と考えざるを得ないような職場がある。

新人がイジメの標的になってスケープゴートになっているような職場。

会社のお局が他の社員をゆすって金銭を要求している職場。

一人だけに仕事を押し付けて威張っている人は好き勝手に遊んでいる職場。

私が聞いた実例)

このようなおかしい場所が、世の中にはある。

ただ、1つ忘れていけないことは、そんなおかしな場所からは、いつでも離れることができるということだ。

仕事を辞めることで、他の仕事を探す必要があるが、それでも、そうする必要があることもあると思う。

「我慢」することも必要なのかもしれませんが、「我慢」することで病気になったりしたら、お金では取り返しのつかない、大切な人生を奪われてしまう。

自分の人生は、どんなことがあっても、自分で守らなければならない

自分がババを引いたと気がついたとき、そこからどういう選択をするかは、自分が決めることができるのだ。

勇気を出して外へ出てみると、「自分の選択は間違いではなかった」という場所が、すんなり見つかるかもしれない。

参考文献

武井麻子『ひと相手の仕事はなぜ疲れるのか―感情労働の時代』

杉田峰康『こじれる人間関係 ドラマ的交流の分析』

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