良いことをして恨まれる?情けは「自分」のためならず

負のオーラ

人を率いていくほどの者ならば、常に考慮しておくべきことの一つは、人の恨みは悪行からだけでなく善行からも生まれるということである。

心からの善意で為されたことが、しばしば結果として悪を生み、それによって人の恨みを買うことが少なくないからである。

マキァヴェリ

「情けは人のためならず」という諺がある。

本来は「人に情けをかけていると、最終的には自分のためになる」という意味だが、実際は「情けをかけることは人のためにならないから厳しくすべき」と誤解されている。

その親切心が仇になる!

しかし、実際問題、人に情けをかけることは結果的にはその人のためにならないことが多いのも確かだ。

「よかれ」と思って親切心を出す。それによって人を助けるどころか、その人をもっとダメにしてしまう。

例えばお金の援助。この人を助けたい。何とかしてあげたい。それで経済的な援助をする。助けられた本人は、助けた人の気持ちも知らず、どんどんダメになってしまう。

酷い場合は、お金を使い果たし、もっとお金を要求するようになる。それを拒まれると、逆ギレして暴れだす。世の中、こういうことがよくある。

情けは人をダメにする

人助けは「必ずしも」人のためになるとは限らない。

人を助けるということは、場合によってはその人の自立心を奪う原因になり、依存心を増長させることもある。親切心によってむしろ、その人をダメにしてしまう場合もある。

人を助ける。それは人として正しい行為のように思えるが、話は必ずしもシンプルではない。時と場合によって、その優しさが裏目に出るのだ。

厳しさも優しさである

ときにはあえて突き放す。何もしない、助けない。そんな厳しさが必要だ。長い目で見れば、それが人のためであり、自分のためになる。

だから困っている人がいるからといって、安易に何でもしてあげる「おせっかい精神」もほどほどにしておくことだ。

ときに厳しく突き放し、むやみやたらと助けてあげない。それくらいでちょうどいい。その厳しさが、あなたにとっても相手にとっても、「正解」になるかもしれないのだから。

出典

『マキアヴェッリ語録』(新潮社、1992年)