「勝てない相手に戦いを挑む」という最悪の選択

対戦中

あなたは900度見誤ったんだ。ケンカを売る相手をね!

諸田清文(『ルーズヴェルト・ゲーム』)

人生で絶対に避けるべきことの一つは、絶対に勝てないと分かっている戦いに挑み、致命傷を負ってしまうことである。

長い人生、勝てない戦いに挑むことは勇気ではない。それはただの蛮勇である。

「勝てる」戦いを挑む

戦いとはほんの少しでも「勝てる!」という勝算があってこそ挑むものである。

正確に言うならば「戦えば勝てる」という勝算があってこそ初めて、「戦う」という選択肢を選ぶものである。そうでない戦いなら、最初からしない方がいい。

だから必要なら面従腹背してもいい。「韓信の股くぐり」の如く、恥を耐えることも必要である。それは無益な戦で傷つき、力を消耗するよりもずっと合理的な選択である。

それに実際の話、人生とは戦いの連続である。だからこそ戦うか戦わないか。その選択は感情論ではなく、極めて合理的な意思決定プロセスによって、決断される必要がある。

話はシンプルにこういうこと

とはいえ、それは難しい話ではない。物事は極めてシンプルである。勝てない相手には挑まない。負け戦を仕掛けない。必要なら土下座してでも生き残る。そして時を待つ。それでいいのだ。

勝ち目のない無益な戦を控えるならば、無意味に傷を負うこともない。余力も残る。となれば必然的に生き残れる確率も格段にアップする。

もちろん、人生ではときにあえて勝てない戦いに挑まなければいけない状況がやって来る場合もある。そのときはただただ「是非もなし」。死ぬ気で戦えば奇跡が起こるかもしれない。

ただし。それは自ら選択すべき戦いではない。奇跡はまれに起こるから奇跡なのである。つまりそれは滅多に起こらない。

最後に

ということで人生、くれぐれも戦いを挑むときは注意することである。

決して、勝ち目のない戦いを挑んではいけない。戦うならば、絶対に勝てる相手を選んで戦うことである。

「どう頑張ってもこの戦いに勝ち目はない」と判断した場合、戦いを避けることは決して臆病者の所業ではない。むしろ、逃げることは正義である。

人生、生き残ってさえいれば、いつか必ずチャンスは巡ってくる。逆に言えば、つまらない戦いで敗北をし、万が一致命傷を負ってしまえば。復活のチャンスを手に入れることはできない。

だからこそ重要である。戦う相手を見極めることが。

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