どれだけ話をしても通じない。そのときあなたができること

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目隠し

人を見て法を説け。

遠藤周作

誠意があれば、思いさえあれば、気持ちが通じれば、どんな人とも分かり合える。

もし世の中がそうであるなら、現実がそうであるなら、どれほどいいことだろう。

無用な争いも起こらないし、人と人がもっと近く親しく、共感し合って生きていくことができる。そして、世の中はもっともっと、素晴らしい場所になる。

ところが残念なことに、世の中にはどれだけ誠意を持っても、真摯に接しても、気持ちを込めても、分かり合えない人がいるものだ。

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「分かり合えない」前提で考える

嘘をついて人をだましても、それを何とも思わない人。

完全に道徳観が欠如して、人を傷つけて平気な人。

権謀術数、自分の利益のために人をコマのように使い捨てる人。

世の中には、絶対に分かり合えない人がいて、道徳や善を説いても時間と呼吸の無駄になる人がいるものだ。

この意味で、「こいつに何を言っても無駄だ」と判断するのは決して間違ったことではない。

もちろん、誠意を持って接すれば気持ちが通じる人もいるにはいる。話が通じる相手には全力で、誠心誠意を尽くし、分かり合う努力をすればいい。

その一方で、話や道理が通じない相手は距離を置く。

誰かれ構わず、精錬実直に関わる必要はない。関わるべき人、そうでない人を見極め、適切に関わっていけばいい。

それがシンプルだが重要な、人との関わり方である。それは相手のためだけでなく、自分のためにもなる。

人は変えられないが、自分はいつでも変えられる

大切なのは、「自分さえ努力すれば人と分かり合える」と錯覚しないことである。

それは、自分の力で他人を変えられるという、ある意味傲慢な考え方である。

人を変えることなど絶対にできない。だから、自分が誠意を尽くそうが何をしようが、この人はこの人。あの人はあの人。

「こういう人なんだ」と考えて付き合っていく他ない。

人が変わらないならあとは自分次第。人は変えられないが、自分はいくらでも変えることができる。

分かり合えない人に分かり合うための努力をしてもいいし、「こりゃダメだ」と、さっさと見切りをつけることもできる。

つまり大切なのは自分次第。人を変えようと無駄な努力をして、自分の大切な人生の時間を、無駄にしないことである。

出典

『勇気ある言葉』(集英社文庫、1977年)

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