この世のどこにも「理想郷」は存在しない話

美しい街

桃源郷など、この世のどこにも存在しません。

ユートピアは、神仏のたぐいのように、人間の切ない憧憬の産物なのです。

丸山健二

家の周りを見渡してみると、

「あれが気に食わない」

「これがいやだ」

というところがたくさん見つかる。

夜中に大声を出す隣人。あいさつをしない中年夫婦。近くの公園で夜中大騒ぎする若い連中。

我慢を重ねるが次第にイヤになり、

「こんな場所に住みたくない」

と理想の土地を探し、引っ越す。

「土地柄」はもちろんある。その上で

理想郷のような素晴らしい住処を見つけるため、地価、近隣住民、都市部へのアクセシビリティ、便利さ、環境。

慎重に引越し先のありとあらゆる情報を集め、しっかりと選ぶ。そして決断する。

熟考を検討して選んだ土地なので、最初の住み心地は本当に素晴らしい。

しかし、しばらく時間が経つと、不思議なことが起こる。また、家の周りに気に食わないことが出てくる。

「土地柄」という言葉があるが、確かにこれはある。自分の性格、気性に合わない場所、人というのは確かにある。

土地柄が自分には合わず、引越しを検討するのはとても合理的な選択だが、1つだけ覚えておきたいことがある。

それは、

「何もかもが完璧な理想郷は、この世の中には存在しない」

ということだ。

この世で理想の場所を見つけるために

あることがよければ、あることが悪くなる。一長一短、結局何かを捨てて、何かを選ぶしかない。

ある要素を重視すれば、ある要素がマイナスになってしまう。もどかしい話だが、現実はこういうものである。

だからこそ大切なのは、割り切るところは割りきること。決して完璧を求めないこと。灰色を許容すること。

これがこの世を快適に過ごす秘訣である。我々が生きているこの世界は桃源郷ではなく、現実の世界なのだ。

もしすべてが思い通りの理想環境があるとすれば、それはあの世の世界だけである。少なくとも、生きている限りは、理想郷の存在を確認することは難しいだろう。

しかし、理想郷に近い環境を見つけることはできる。自分自身を変えていくことによって。

最後に

何があっても妥協できないものを妥協する必要はない。しかし、妥協できるものであれば心を寛く持ち妥協する。

どうにもならないこととして受け入れて、それを気にしないで完全スルーできる自分に変化していく。

これを現実適合と言うが、結局生きていくことは現実適合の連続である。

生きていく場所を見つけていくことでさえ、理想郷を見つけるのをあきらめ、現実と向き合っていくのである。

しかし幸い、現実適合によって自分が生きていく場所を見つけることはできる。そしてそれこそが結局は、今自分がいるべき場所。

理想郷を探すことに疲れたら、この話を思い出してみて欲しい。

出典

『田舎暮らしに殺されない法』(朝日新聞出版、2008年)

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