「自分の人生にはどんな意味があるのか?」という疑問

答えを探して

人生のほんとうの意味などが、若いときからわかっていれば、人生はもう生きていてもつまらないものになる。

それはちょうど、はじめから犯人が誰か、謎がとかれているような推理小説を読む気にもなれないのと同じなのである。

若い時は人生の謎と意味とが解けないから、我々は生きるのだし、生きるに値するのである。

そして老年になってやっと推理小説の結末とおなじように、

「ああ、私の人生とは、そういう意味を持っていたのか」

とわかるように我々はつくられているのである。

遠藤周作

人にはそれぞれ、人生のテーマがある。

そのテーマを追いかけて、運命は無意識のうち、我々をある一つの方向へと誘導していく。

たとえ一貫性のない人生を送っていたとしても、その根底において追いかけているものは一つのテーマに向かっている。

それはある年齢に達したときにふと気づく。ああ、だから自分はこんな人生を生きてきたのか、と。

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運命は確かにある

運命があるのかないのか。それは確かにあるとしか言いようがない。

なぜなら、その運命を歩むことによって、自分の人生のテーマを追いかけることができるからである。

テーマとはすなわち意味である。自分という人生を生きる意味である。その意味を知り、理解し、学ぶ。

ここに自分の人生を生きる、最大の理由が隠されている。

人生の意味は分かるときに分かる

しかしあいにく、今すぐ自分の人生にテーマについて気づくことはできない。

それは人生のある段階。ある年齢に達したとき、自分の人生を振り返ってふと、気づくものである。

当時の自分はなぜあんなことをしたのか。どうしてあんな失敗をしてしまったのか。なぜあのことにあんなにも夢中になっていたのか。

当時理由が全く分からなかったことのすべてが、やがては一つにつながっていく。

分からないうちは分からなくてそれでいい

「自分の人生にはこんな意味があった」

それが分からないうちは、分かる必要がないということである。

自分の人生、最初からネタバレしていても面白くない。だったら、分からないまま、手探りで生きていけばそれでいい。

いずれにせよ、自分は心の奥で知っている。自分が何のために生きるのか。自分の人生にはどんな意味があるのか。

その答えをもう、知っているのだ。

出典

『ひとりを愛し続ける本』(講談社文庫、1992年)