一人でいる方がずっといい。こんな人と関わるくらいなら

道

旅に出て、もしも自分にひとしい者に出会わなかったら、むしろきっぱりと独りで行け。愚かな者を道連れにしてはならぬ。

ブッダ

人生という旅路において、いろんな人に出会うだろう。

しかし、その全ての人と有益で良い関係を結べるとは限らない。なかには、「一緒にいないほうがいい」という悪縁もある。

つまるところ、人生つねに、誰かと一緒にいたほうがいいとは限らない。ときに、自分一人で生きていくほうが、ずっとマシな場合もあるのである。

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不幸を押し付ける人たち

例えばこんな人間関係。

暴力を振るう酒乱の男と女。男は酒を飲み、暴れる。女は男に殴られる。しかし、男は時々女にとてもやさしくなる。だから女は離れなれない。女は信じている。「この男は本当は優しい人なのだ」と。

また、こんな関係もある。

ある母と息子の関係。母親は「わが子のため」を思い、息子にあれこれ手を焼く。

一見母性愛に満ちた母親像だが、その行動は、実は自分本位の行動だ。息子に世話を焼く良い母親。献身的な母親。すべて、実は母親自信の満足のためなのだ。

そんな母親に育てられた息子はどうなるか?

自分では何もできない、決められない、自信の持てない大人になってしまう。なぜなら、自分で行動し、失敗し、そこからリトライするという試行錯誤の経験を詰めないからだ。

ともに歩む人を選ぶ

このように、人間関係には毒になる関係がそこらじゅうにある。

一緒にいて明るい気持ちになれない人。「お前はダメだぞ」とマウンティングしてくる人。友達のふりをして裏で悪いことをする人。一緒にいることで自分自身がダメになってしまう人。

だからこそ昔の偉人はこう言ったのだろう。「ともに歩む人を選べ」と。

一人は寂しい。慣れるまでは苦しい。自分の行く先、やること、生き方、全てを自分で決めなければいけない。

安心してほしい。苦しみの先には喜びがある。その寂しさを乗り越えたあかつきには、自分の生き方を追求した人だけが味わえる、最高の充足感が待っていることだろう。

それは孤独という名の寂しさがつきまとうかもしれない。しかしただ一つ言えるのは、くだらない人間関係で身をすり減らすよりもずっと、幸せで豊かな人生が待っている、という話である。

最後に

人生一人では寂しいのは確かだ。

しかし忘れてはいけないのは、害のある誰かと歩むことで、人生一人で生きていくよりもずっと、不幸な道が待っている現実もあるのである。

だからこそ問題なのは、「誰」と人生を歩むのか。その件に関してはスッキリけじめをつけて、自分のためになる選択をしたい。

愚かな人とともに道を歩んではいけない。害のある人なら、なおさらである。

出典

『ブッダの真理のことば・感興のことば』(岩波文庫、1978年)

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