人生は完璧より不完全な方がいい。なぜなら

闇を抱える女性

「人生何もかもうまくいく。すべて幸せで完璧。そんな人生を送れたら、どれだけ素晴らしいことだろう」

もしあなたが、何もかも手に入れること。完全に満たされる状態こそ幸せであり成功であること。「完璧な人生を送ることこそが最上の幸せ」と信じているなら。

きっとこの記事を読む価値があるはずだ。

はじめに

逆説的だが、完璧でない方が人生は幸せである。

むしろ人生にはほどよい挫折や失敗。不幸といった「マイナス」があったほうが、トータルで言えば幸福な人生を送ることができる。

なぜなら物事には必ず陰と陽、2つのバランスがある。陽の目が当たったとき、そこに必ず陰が生じる。プラスが大きければ大きいほど、大きなマイナスが付随する。

「成功のダークサイド」はその典型である。

ある人が成功し、光を浴びる。そこには成功の代償として、必ず影が生じる。その影響は、必ずしも成功した本人に及ぶとは限らない。

本人に影響が及ばない場合、成功者の身近に、成功の代償を肩代わりする人が登場する。それはある意味、本人が代償を支払うことになるよりも、ずっと辛いことになるだろう。

光が当たれば影が生じる

私たちは自分たちが見たいと思うものだけを見る傾向がある。

たとえば、我々一般国民はお金持ちや成功している人、いわゆる上級国民に憧れ、彼らの特権的な人生という光だけを見て、そこに憧れを抱く。

それは、彼らの暮らしの表面だけを見ているから彼らの暮らしが羨ましく思えるだけであって、本当に彼らが幸せなのか?憧れるに値する人生を送っているのか?真剣に考える価値があるだろう。

もしあなたが、物事を一面だけでなく多面的に見る習慣を持っているなら、成功なんてせず、上級国民にもならず、普通の暮らしを送る方が、はるかに幸せな人生を全うできることに気づくだろう。

「凶悪犯」の不思議な共通点

例えばあなたは、ニュースで報道される凶悪犯罪を見て、こんな疑問を持ったことはないだろうか?「凶悪犯罪を起こす人はどんな家庭で育ったのか?その両親はどんな人なのか?」と。

そこで好奇心を持ち、いろいろ調べてみると、親が代々地元の名士であったり、不動産で財を成したお金持ちであったり、いわゆるハイソな家庭が少なくないことに気がつく。

あなたが好奇心を発揮して日本で起こった凶悪事件の関係者を調べることで、その具体例を容易に見つけることができる。

そのため、ここでは具体例は挙げないが、その数は決して少なくない。特に、医者や公務員などの高学歴家庭はまさにその典型である。

凶悪犯とはまではいかないが、決して社会的名誉。財産が人生の幸せを保証するわけではないことを教えてれる。

幸せは「思わぬところ」から崩れていく

例えばこんな話がある。

その家庭は、先祖代々、その土地の大地主であった。広い土地を持ち、その祖先はあの織田信長に使えた家系だと言う。

祖父は地元の議会の議員を歴任し、父親は市役所勤務。母親も教師をしており、世帯年収はかるく1000万を超える。

おまけに地方都市在住+先祖代々の土地持ちなので、実態はまさに財産家。地元では絵に書いたような「セレブ一家」として、周囲の人々の憧れと嫉妬を集めていた。

ところがこの家庭には一つ、大きな問題があった。それが、引きこもって働かない息子の存在である。

息子は小中校と勉強ができ、親の期待通りの成長を遂げていたが大学卒業後、いわゆるニートになった。

最初は引きこもって親の金をせびるだけだったらしいが、なんと実の妹にも手を出すようになり、やがては母親にも暴力を振るうようになった。

そして母親と娘は家を出ていき、広い敷地に残された家で、父親は暴力を振るう息子の世話をして暮らしているという。まだこの一家の不幸は解決していない。

だから完璧な人生はありえない

この話はほんとうにやるせない。自分が失敗するだけならまだいい。貧乏になってもまた、やりなおせばいいだけの話である。

しかし、自分の息子が引きこもりになり、母親に暴力をふるい、実の妹にも手を出す。そして「俺がこうなってしまったのはお前のせいだ」と罵倒される。

そんな父親の立場を想像すると、本当に人生はめでたしめでたしにならない。物事には正負があることを、否が応でも実感させられる。

財産があっても幸せな人生は保証されない

また別のとある裕福な家庭の話である。

その家庭は代々の土地持ちで、様々な不動産を所得。お金には決して困らない裕福な家庭である。

ところが、その家庭の子どもは2人とも、20代からずっと引きこもり、今では40代になっている。そして高齢の親は、子どもたちを「援助」し続けている。

お金は腐るほどあるので、生活の不安は一切ない。しかし、親の財産を目当てにした子ども2人はアパートに引きこもり続け、社会的な生活を送ることを拒否している。

プラスが与えられれば、必ず、それ相応のマイナスも与えられる。

人生「いいとこ取り」はできない

豊かで成功した家族のダークサイドだが、このような話は例外的なように思えて、実は現実の世界でよく聞く話である。

つまり、成功を目指して努力する。そして、成功して理想の暮らしを実現する。すると、家庭がうまくいかなくなったり、子どもに不幸が起こったりする。

すなわち成功にはダークサイドがある。成功だけ持ち逃げはできない。幸せだけは持ち逃げできない。そのことを、強く実感させられる。

そう、人生で陽が当たればそこに必ず陰が生じる。だから山高ければ谷深し。得たものが大きければ大きいほど。

得をしていればしているほど。人生のどこかで大きな代償を支払わなければいけない。だから、大きな成功を得る人生ではなく、普通の人生を送るほうが、実は幸せなのかもしれない。

最後に

何もかもが手に入り、思うどおりになる人生。完璧な人生を実現することはできない。そして完璧な人生の実現を目指す必要もない。

むしろ、毎日多少の不満がある。思い通りにならないことがある。その方が逆に、安定した幸せな人生になるかもしれない。

だから、お金は不満なくらいがちょうどいい。家族とは多少ギクシャクする方がちょうどいい。自分にイライラするくらいがちょうどいい。

つまるところ、人生においては何かが欠けているほうがいい。不満足なくらいちょどいい。完璧なんて求めないほうがいい。

きっとこの世は、そういう仕組みなのだ。

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