幸せとは結局、自分自身で答えを出すものである。

我が世の春を願って

人は誰でも幸せになりたいと思って生きています。だが「幸せ」と感じることは人それぞれ違う。

親の思う幸せのかたち、社会が認める幸せのかたちが必ずしも自分にとっての幸せのかたちであるとは限らないのです。

道幸武久

人生、どうせ生きるなら不幸より幸せな方がいい。

「自分の人生最高に幸せだ。この人生を生きて良かった!」

そんな気持ちになれるほうが、毎日が楽しいし、生きる甲斐もある。

ところが厄介なのは、幸せというのにハッキリとしたカタチがなくて、人それぞれ何が幸せで幸せでないのか、違うということだ。

つまり、ある人にとっての幸せはあなたにとっての幸せではないかもしれない。あなたが幸せと感じることが、他の人にとっては些細なことなのかもしれない。

この意味で「○○が幸せです」など、決まった答えはどこでもない。何が幸せなのか?その答えは結局、自分自身で見つける必要がある。

幸せを自分自身で定義する

問題なのは、テレビとかネットとか、どこかのお偉い人の言葉とか、「これが幸せなのです」と他人が提示する幸せを、自分の幸せだと思い込んでしまうことである。

それは端的に言ってナンセンスだし、実用的ではない。

なぜなら、あなたにはあなたの個性があり、都合があり、状況がある。つまりあなたが幸せなのかどうなのか。単純に他人と比較してそれを決定することなど、実際問題不可能である。

例えば、あなたが一人で過ごすのが好きで、誰かとワイワイ過ごすより、本を読んだり音楽を聴いたり、何か考え事をして過ごす時間が多いとする。そしてあなたは、その時間を楽しみ、満たされている。

それならそれは、あなたにとって幸せの一つかもしれない。

「一人で過ごすのは不幸、寂しい」という、誰かのストレオタイプに毒される必要は、1ミリもないのである。

深いところで既に答えは分かっている

大切なのは、どんなとき、あなた自身の心が満たされ、豊かに感じるのか?その感覚を信じることである。

お金があれば幸せ。異性にモテれば幸せ。有名になれば幸せ。そんなものは誰かが勝手に決めたステレオタイプであり、こんなことを素直に信じるのは思考放棄以外の何物でもない。

だから幸せは自分基準でいい。誰かが決めたことではなく、あなた自身の心がそのまま、素直に感じ取った本当の感覚を、素直に信じることが大切である。それは決して嘘をつかない。

なぜならそこにこそ、あなたの本当の本音があり、その先に、あなたにとって最上の道が用意されているからである。

最後に

幸せは自分で決める。そして、自分で幸せを決めるからこそ、本当の意味で豊かで満たされ、自分を信頼した人生を生きることができる。

あなたにとって大切なこと。あなたにとって本当に望ましいこと。それは決して嘘をつかない。自分自身に正直になり、人とは違う自分の欲求を、素直に認めることである。

そこにこそ、「あなたにとって」の本当の幸せは見つかる。それは極上という言葉以外に表現することはできない。幸せは逃げない。自分に嘘をつかない限り。

出典

『会社の寿命10年時代の生き方』(サンマーク出版、2006年)

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