自分の人生を生きる。それはすなわち「自分の尺度」を持つこと

人生バンザイ!

「自分の人生」

それは私たちがそれぞれ課せられているテーマ。

結局自分の人生は自分で考えるほかなく、24時間365日、自分の人生と向き合うのは他ならぬ自分である。

ここで単純に誰かや世間の基準を自分の人生にあてはめて、「私の人生は良いです」とか「私の人生は悪いです」と考えるのは一つのチョイスである。

もしあなたが、「いや、それは何かが違う気がする」と感じているなら、「自分の人生」を考える上で一つ重要なポイントがある。それが「自分の尺度」を持つことである。

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はじめに

自分の尺度とは一言で言えば、自分自身の価値判断基準である。かんたんにいえば、「私はこう考えます」という自己基準である。

世の中には、いろんな人が、いろんな基準を持ち、社会を構成している。そのなかで、あなたには「私もその考えに賛同します」という考えがあれば、「私はあなたの考えは間違っていると思います」という考えもあるだろう。

なぜその違いが出てくるのか?そこには「あなたの尺度」があるからである。「自分の人生を生きる」とは、自分の尺度を自覚し、それを丁寧に尊重しつつ、世間と折り合いをつけて生きていくことである。

自分を見失っているときに起こること

「これが私の人生です」と納得できたとき、あなたは迷うことはない。周囲がどうであれ、「私は私で人は人」と自覚し、自分の生活を大切にすることができる。

ところが、自分の尺度を自覚しないうちは、社会や周囲の声に振り回される日々が続く。その結果、自分が本当にしたいことをあきらめてしまったり、周りに流され、「これは自分の人生ではない!」という内なる声の叫びに度々心を占領されることになる。

人生は一度きりであり、その人生をどう生きるのか?その前提として重要なのは、あなた自身がどのような尺度を持っているのか?自分自身で自覚することが大切である。

それがあなたという人物のオリジナリティであり、あなたの人生をあなた自身が深く体験するための、重要なカギになる。

自分とは「探す」のではなく「気づく」もの

あなたは自分を知るために、どこか知らない遠くの国へ旅に出る必要はない。セミナーに参加して「あなたは◯◯です」などと人に教えてもらう必要もない。

あなたが生まれた家。あなたが育った環境。あなたが出会ってきた人々。あなたが経験してきたこと。それはあなたにとって当たり前の出来事かもしれない。だがあなたにとって当たり前にあるそれらの情報こそ、あなたの人生における重要な情報である。

なぜその環境が与えられていたのか?なぜ彼らと出会ったのか?その結果どのような考え、どのような価値観、どのような理想を持つに至ったのか?

「自分を知る」ということは、人生で起こった出来事を通じて自分という存在のオリジナリティに気づくことである。それこそが自分の人生を生きるための前段階。つまり自分の尺度を自覚するステップである。

あなたの経験より生まれた価値判断基準をもとに考え、行動し、生きていくこと。それこそがまさに、「自分の人生を生きる」ということである。

もしも人のことが気になるなら

人生に正解はない。なぜなら私たちは一人一人、それぞれ自分の尺度があり、人生を生きているからである。問題はそれを自覚しているか自覚していないかである。

だからこそここで一つ強調したいのは、「自分の尺度を持って生きることは自分だけでなく、他者の尺度も尊重するということ」という重大な姿勢である。

自分の考えを尊重するならば当然、自分の考えとは違う他の人の考えも尊重することができる。この意味で、他人の意見や行動に必要以上の反応をしてしまうなら、気にすべき他人ではなく、自分の内面である。

それは意味している。まだ自分の尺度が完全に確立されていない、ということを。

ここでは、自分の尺度を持ち自分の人生を生きることは、自分の尺度とは違う他者や社会を否定することではないということを、強く強調しておく。

最後に

自分の人生を生きること。それは、「私の人生は◯◯です」という基準をもとに生きていくことである。その基準は人によって違う。

私たちは誰かの基準を参考にすることはできるが、「自分にとっての最善」を求めるなら、自分という存在を突き詰めていく必要がある。

答えを誰かが教えてくれることはない。でもだからこそ意味がある。あなたが「自分の尺度」を持ったとき。もうあなたは二度と、人生に迷うことはないだろう。