
今はあらゆる人間が自分の個性をもっとも際立たせようと志し、自分自身の内に人生の充実を味わおうと望んでいるからです。
ところが実際には、そうしたいっさいの努力から生ずるのは、人生の充実の代りに、完全な自殺にすぎません。それというのも、自己の存在規定を完全なものにする代りに、完全な孤立におちこんでしまうからなのです。
なぜなら、現代においては何もかも個々の単位に分かれてしまい、あらゆる人が自分の穴蔵に閉じこもり、他の人から遠ざかって隠れ、自分の持っているものを隠そうとする、そして最後には自分から人々に背を向け、自分から人々を突き放すようになるからです。
謎の紳士(『カラマーゾフの兄弟 中』より)
この言葉はこう続く。
人は成功するほど、富を蓄えるほど、自分の力を信じるようになる。しかし、自分一人に頼り切るようになればなるほど、人を信じることができなくなり、やがて「全体から切り離されて孤立してしまうから」と。
私はこの言葉に強く心を動かされた。なぜなら、それは現代人が理想としている「自立」そのものに対する鋭い問いかけのように思えたからである。
私たちが生きている時代。それは、人々が自分の個性を際立たせ、自分らしい人生の充実を見出そうと望む時代である。
だが、「自分の力で人生を切り開き、充実した人生を手に入れること」を追い求める先に待っているものは、本当に人生の充実なのだろうか。
私たちは、自分の力で成功し、自分の意思で人生を切り開き、誰にも頼らず生きていくことを理想とする。だが、本当に私たちは自分だけの力で生きているのだろうか。
努力によって人生を変えることはできるはずだ。しかし、その成功を「すべて自分の力によるものだ」と考え始めたとき、私たちは少しずつ孤立への道を歩み始めるのではないだろうか。
それは自分の力だけで実るのか?
「努力は報われる」
「人生は思い通りになる」
こうした言葉には、私たちを前向きにする力が宿っている。
実際、努力によって現状を改善した人も少なくないだろう。私自身、「自助努力」の大切さを信じて行動し、人生のある時期には大きな満足感を得ることができた。
当時の私は、それらの成果は自分の努力や意思によって手に入れたものだと思っていた。しかし後になって振り返ると、それは思い上がりだったように思う。
もちろん努力はした。だが、それだけではなかった。誰かの助けがあった。偶然の出会いがあった。時代の流れがあった。運の良さもあった。
今は分かる。それは、さまざまな条件が重なり合った結果として、「うまくいく」という出来事が生まれていたということに。
私の努力は、その要素の一つにすぎなかった。行動する。うまくいく。その背後には、自分の意思や努力だけでは説明できない「何か」が確かに存在していた。
そのことに気づけたのは、私にとって幸運だったと思う。
「孤立への道」を歩み始める原因
私は、努力すること、より良い人生を希求することが傲慢だとは思わない。理想を目指し、自分を成長させようとすることは尊い営みだと信じるからだ。
問題は、その結果として得られた成功を、すべて「自分の力」だと思い込むことではないだろうか。
自分だけの力でここまで来た。自分だけで人生を切り開いた。そう考え始めたとき、私たちは自分を支えていた無数の存在を見失う。すると感謝は薄れ、他者への信頼も失われていく。
そしていつの間にか、
「自分が頑張ればいい」
「誰にも頼らなくていい」
という考え方、つまり自分以外の要因を軽視する考え方に近づいていく。
だからこそ、その先にあるのは「孤立」である。ドストエフスキーが見抜いていたのは、私たちを孤立へと導く「傲慢」の危険性だったのではないだろうか。
「おかげさま」が、私たちを孤立から救う
私たちは、一人だけで生きている存在ではない。
家族や友人、同僚や取引先、社会、そして世界という大きな枠組みの一部として、存在している。その中で私たちは、目に見えるものだけでなく、気づくことさえできない多くの縁によって支えられて生きている。
努力は大切だ。行動も大切だ。だが、それによって何かを成し遂げたとしても、それは本当に、自分一人の力ではないはずだ。その事実を忘れないこと。それこそが、私たちを孤立から守るのではないだろうか。
自分の生存だけを追い求めることは、最終的に自分の孤立をもたらす。だが、自他共栄を目指すことによって、結果として自分自身も栄えていく。
真の自立とは、誰にも頼らず生きることではない。むしろ、自分が誰かに支えられていることを知り、自分の責任を引き受け、最善を尽くして生きていくことなのだと思う。
最後に
江戸時代から明治にかけて、近江商人と呼ばれる商人たちがいた。彼らは「三方良し」という考え方のもとに、商売を行った。
三方良しの思想には、「自分だけが得をするのではなく、関わる人すべてが繁栄してこそ、自分も繁栄できる」という考え方がある。
これは、成功そのものを否定する考え方ではない。むしろ、自分だけが繁栄するのではなく、関わる人々と共に栄えることを重視する考え方である。
私たちは自分にこだわっていい。「自分の人生」を大切にしてもいい。だが自分は自分一人で存在してはいない。
その当たり前の事実を忘れたとき、私たちは知らぬ間に、「完全な孤立」への道を歩み始めるのだろう。

