人間関係は「分かり合えない」が大前提の理由

仲良しグループ

人は誰しも、客観的な世界に住んでいるのではなく、自らが意味付けをほどこした主観的な世界に住んでいます。

あなたが見ている世界は、わたしが見ている世界とは違うし、およそ誰とも共有しえない世界でしょう。

哲人

人と人は分かり合うことができるかもしれない。

しかし、分かり合おうとする努力をしなければ、絶対に分かり合うことができない。

なぜなら、人はそれぞれ、「自分」というフィルターを通じて世界を見て、理解しているからだ。

「自分はこの人のことを分かっている」という錯覚

人はそれぞれ固有の世界を持っている。そして固有の解釈を持っている。

だからこそ、あの人も自分と同じように考えているに違いない、と考えてしまうとトラブル発生。

人間関係の難しさを実感すること間違いなしだ。

つまり前提条件としては、どんなに親しい人であれ、私はこの人のことを分かっている、と考えてはいけない。

むしろ、私はこの人を理解できていない、と考える方が確実である。

だから親しき仲にも礼儀あり

人は人、そして自分は自分。

自分と人は考え方も価値観も何もかも違う。だからこそ、分かり合おうとする努力が必要だ。

人間関係はこれくらい慎重なくらいがちょうどいい。

そうすればきっとどこかで、分かり合えるところだって見つかるかもしれない。

何にせよ大切なのはただ一つ。

どんな親しい人であれ、その人のことを完全に理解した気にはなるな、という話である。

出典

『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社、2013年)

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