自分が一体何者なのか。それを忘れてしまうと地獄が待っている

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私は私、人は人

どれだけ成功しても、また金があっても、人は一つの人生しか生きられない。

そのことを肝に銘じなければ、思わぬところで足をすくわれることになる。「あれも、これも」は、覚悟がなければできないことなのだ。

誰もスーパーマンになど、なれない。それどころか、もう一人の自分にさえなれない。

もしなれたと思ったら、それは夢うつつで見た、まぼろしにすぎない。つまり、一瞬で終わるのだ。

そう思っていなければ、必ず道を間違える。

見城徹

人には無限の可能性があると誰かが言った。

つまり、人はなろうと思えば、どんな人にだってなることができる。その考え方はとてもワクワクするが、同時にとても危険な考え方でもあると思う。

なぜなら、結局自分は、自分にしかなれないからである。

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生まれつき与えられたもの

人にはそれぞれ、生まれたときから強制的に付与されている条件がある。

それは才能とか遺伝とか、いろんな言い方ができるけれど、その条件を無視することは絶対にできない。

だから多くの場合は「かえるの子はかえる」。生きていれば否が応でも、自分の限界を思い知らされる。

自分にとって最善の生き方とは

とはいえ、そのこと自体は何も悪いことではない。

良い意味で身の程を知り、自分が何をできるのか。そして、何ができないのかを冷静に判断することは、この世の中を生きていく上で、とても大切なことである。

つまり、自分の無限の可能性なんて信じる必要はない。ただ一つ、自分ができることを信じて、それだけに専心すればいい。

そうすれば結果的に、自分にとって最善の生き方ができる。一番幸せになることができる。

最後に

そう考えると、結局自分は自分でいることが一番。別の誰かになる必要なんて、これっぽちもないのだ。

自分は自分しかなれない。それならいっそ、他の誰かになろうとせず、自分をとことん極めればいい。

そうすればもっと、自分の人生を大切にできる。「自分は自分でいい」と、心から安心できる。

人生はそれでいいのである。

出典

『人は自分が期待するほど、自分を見ていてはくれないが、がっかりするほど見ていなくはない』(講談社、2012年)