「直感」の正体は生存本能。根拠がなくても感じたことには意味がある!

空を見つめる女性

私たちが生まれつき対称性を好むようにできているのは、私たちの祖先が厳しい世界で生きのびるにあたって、パターンを認識することが役立ってきたことを示す一例なのだ。

髪の毛の質は生殖能力を示す。食べ物や水を見つけ、危険を察知し、生殖能力の高い相手を見つけるのに役立つパターンを認識した祖先は、その能力を次世代に引き継いでいった。

逆にそうしたパターンを認識できなかった祖先は、自分の遺伝子を次世代に残していけなかった。何世代にもわたって自然淘汰が繰り返された結果、私たちはパターンを探し、見つけたパターンの意味を考えるようになったのである。

ゲアリー・スミス

当たり前の話だが、今私たちがこの世界に存在しているということは、それまでの生存競争を勝ち抜いてきた祖先がいることを意味する。

「命のバトン」という言葉はただの比喩ではない。それは太古の世界より延々と引き継がれた遺伝子を私たちが所持していることを示す、端的な事実である。

過去、様々な生存の危機を乗り越え伝えられた遺伝子は、今もなお私たちが生きていくための様々なヒントを提示してくれる。「直感」は、まさにそれである。

はじめに

「なんとなく」

直感によって救われた経験が、あなたにもあるかもしれない。

「なんとなくだけど、この人とは距離を置いたほうがいいかもしれない」

「なんとなくだけど、この仕事に応募するのは気が乗らない」

「なんとなくだけど、今日は家にいたほうがいいかもしれない」

このような直感という「漠然とした」感覚はメッセージである。それはいわば、私たちが太古の時代より受け継いだ、「生存のための情報源」である。

「なんとなく」感じとった直感により人生の危機から救われる。それはドラマチックな話でもなんでもない。「根拠のない」直感を信じることによって、その後起こりうる悲劇を事前に避けられることは、人生でよくあることである。

直感が起こりうる可能性を伝えてくれる!

人の顔や雰囲気。その日の天気。何気なく目についたニュースのメッセージ。

私たちは、理屈を超えた何かによって、身の安全、そして生存のために必要不可欠なヒントを受け取っている。それは、頭で考えた理屈や合理性をはるかに超えた正確さによって、私たちを危険から遠ざける。

「なんとなく」避けたことによって人生の災害から免れることができる。それはまさに無意識的な感覚なので、いくら頭で考えたところで、その理由は分からない。だが私たちの生存本能は危険の種子となるものを直感的に察知する。

「なんとなく気が乗らない・・・」

「なんとなく嫌な感じがする・・・」

そんな、漠然とした感覚の背後には、私たちが先祖より代々受け継いできた、生存するために欠かせないヒントが隠されているのである。

頭で考えることはもちろん重要。ただしその結果導き出された答えは

頭で物事を順序立って考えることは大切である。「AはBである」という明白な根拠、理屈を見出すことは大切である。だが、最終的に本当の意味で自分にとってベストな判断を行う上で重要なのは、自分自身の感覚である。

「素晴らしいパートナーと出会い、あとは結婚を決断するだけ。だが、結婚に踏み出そうとすると、理由もなく不安に駆られる。お相手はいい人だと思う。私の選択は間違いがないはずなのだが」

「どう考えてもAという事業に投資をすることは成功する確率が高いと考えられ、成功の見込みとなる根拠もある。だが、なぜかそれをしようとすることを考えると胃がギュッとする」

もしあなたが理屈上はそれに対して「イエス」だったとしても、あなたの感覚が「ノー」であるなら。一度立ち止まり、なぜあなたの感覚が「ノー」を感じているのか?「気のせい」で終わらせず、その意味を探ってみよう。

それはあなたの未来を左右する、とても大切な行動である。

最後に

この記事の話はとてもシンプルだ。世の中、頭で考えることは大事である。だがそれ以上に大切なのが「それとなく感じた「直感」を無視してはいけない」ということである。

その直感には一切の合理的な根拠はないかもしれない。だがそれは驚くほど正確に、あなたに自身の危険を回避するための、重要なメッセージを提示する。

「理屈ではOK。だけれどもなんとなく気が乗らない。やらないほうがいい気がする」

その状況でアクセルを踏むことはできる。だが今一度、何気にもやもやする直感の声に、耳をかたむけることが大切である。

出典

『データは騙る』