どんな人生も、それなりの意味がある

我が道を進む

「努力すれば理想の自分になれる」というのは幻想にすぎません。人生というのは「真っ黒」でないけれど「真っ白」でもありません。

「理想に近づけたような、近づけないままでいるような、グレーゾーンを絶えずうろついているのが現実の人生だ」ということを自分のこととして受け入れるのが、大人として心が成熟していくということです。

諸富祥彦(大学教授、カウンセラー)

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人にはそれぞれ、「人生こうなったら最高だ」という、人生の理想図がある。

俺はこう生きたい、私の人生こうなったら最高だ。その理想を実現できる人というのはごくわずかで、実際の人生は「こんなはずじゃなかった・・・」の連続かもしれない。

もしかしたら、夢は叶うことより叶わないことの方が多くて、目の前の現実によって、意にそぐわない生き方を選ばなければいけないものなのかもしれない。

人はそれを挫折とか失敗という言葉で語りたがるが、よくよく思ってみれば、自分の人生が思い通りでなくても、夢が実現しなくても、それの何が問題なのだろうか

人生なんて、そもそも想定外の連続だ。何もかも、自分が思った通りに人生を作れるものではない。

人生、できることとできないことがあるし、現実問題、いろんな選択において、幾度と妥協も強いられるだろう。

でも、人生はそういうものだし、白黒、自分の思い通りにけじめをつけられるものではない。

そう考えると、人生、理想の自分になれなくても、理想通りの人生を歩めなくても、それは悲観することではないのだ。

むしろ、理想通りにいかないこと、思い通りにならないこと、「こんなはずじゃなかった」今の人生にこそ、大切な意味があるのではないのだろうか。

そうならざるを得なかった人生。思っていたのとは違う人生。でも、今ここにある自分の人生。「あるべきはずだった」理想の人生より、そこにきっと、大切な意味があるはずだ。

そう考えると、今の人生がどうであれ、そこに何らかの意味、必然性を実感できる。そして、もっと自分自身の人生を、大切にしようと思えてくる。

どんな人生にしろ、その人生は一回きりのものだ。他の誰でもない、自分にしか歩めない人生だ。それがどんなカタチであれ、どんな道であれ、そこにはきっと、意味がある。

「自分の人生」とは、そういうものなんだと思う。

目次
出典

『「すべて投げ出してしまいたい」と思ったら読む本』(朝日新聞出版、2016年)

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