まっとうな人生=まっとうな最期

先を見つめて

生命は素晴らしい、生きていることは奇跡的だと礼讃するなら、死ぬことだって、同じくらい奇跡的なことのはずである。

どうして生きていることばかりを奇跡と言って、死ぬことの方を奇跡だとは言わないのか。

「生命の神秘」と、口では言うが、本当の神秘を感じているのではないからである。

池田晶子

人生、いかに生きるべきなのか?

この世に生まれ、様々な人と出会い、様々なことを経験する。

人生は奇跡的なことなのかもしれないが、大切なのは、いかに生きるべきかを考えると同時に、いかに死ぬべきかを考えることだ。

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人生の総評価が分かるとき

死に様は生き様。そこに人生の全てが集約される。

「ろくな死に方ができない」という言葉があるように、まっとうな生き方をした人の多くは、まっとうな死に方ができる。

もちろん例外もあるが、基本的には人生の最期は自分の生き様の集積である。

だからこそ、いかに生きるべきかを考えるということは、いかに死ぬかを考えるかとつながってくるのだ。

「これで良かった」と思える人生を送るために

どんな人生を送り、そしてどんな最期を迎えたいのか?

それを考えれば、自ずと何をすればいいか、周りの人にどう振る舞えばいいのか、見えてくるはずだ。

つまり大切なのは普段の心得であり、普段の生き方。それが積もり積もって、最期につながっていく。

それこそが自分の人生なのだから。

出典

『人間自身 考えることに終わりなく』(新潮社、2007年)

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