「自分はダメだ」と自己否定する意味

自分に自信が持てない女性

現実には信念を貫けない場合がある。ひとはそれほど強いわけではない。潔いわけではない。

だが、私はそのとき断じて「これでよかった」あるいは「しかたなかった」と呟いてはならないと思うのだ。

信念を貫けなかった自分の弱さ、不甲斐なさ、ずるさを直視して、キリキリと悩むべきだと思うのである。

中島義道

あなたの周りにこのような人はいないだろうか?

社会人になって結構経つのにやたらと学歴を誇る人。

若いころの手柄を自慢して、うんちくや哲学を若手に語り続ける人。

自分がいかにすごかったか、自慢話をえんえんとする人。

なぜ彼らがこのような話をするのか?

理由はシンプルだ。彼らが「今」の現実に失望しているからだ。

「今」が期待はずれの状態だから、誰かに自分を認めてもらいたいと、武勇伝を語るのだ。

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「生きている」から悩みがある

10代の頃、夢の1つや2つ、だれもが持っている。若さという特権を盾に、「こうなりたい」と思う道へ進もうとする。

しかし、思うとおりにいかないのが人生の難しいところだ。

失望や挫折を経験し、人は妥協という手段を選ぶ。そして年を取る。残るのは後悔という名の若き日の怨念だ。

人生、後悔を持たない人はいないだろう。

「なぜ最後まで頑張れなかったのか?」

「運が悪かったのさ」

と自分を納得させ、在りし日の夢追い人だった自分、輝いていた自分を思い出すため、自慢話を人にする。

そんなことをするのではなく、後悔して、悩む方がいいのだ。

だから自分はダメでもいい

人は挫折したとき、ふだん隠している自分の弱さを発見する。普段、自分が恥じているところ、人に見られたくないところ。

その「弱い」自分のなかに、本当の自分を見つける。そこから、思わぬ物語が始まることも多いのだ。

だから自分はダメでもいい。ダメだと感じてもそれは全然問題ない。今自分のことをそう感じるならそれでいい。

そこはただのスタート地点。この先の未来において、最高の自分になれるかもしれないのだから。

出典

『不幸論』(PHP新書、2002年)