幸せを「あえて」探さない本当の理由

たそがれる老人

幸せはドロップアウトした意外なところにある。

千田琢哉

人生では、「欲しいときに手に入らず、要らなくなったら手に入る」という有名な逆説がある。

目標達成、努力と行動。

人が意図を持って行うことが結果にならない。しかし「もうどうでもいいや・・・」と投げたところでいとも簡単に結果が出る。

これは理不尽な話だが、きっと幸運の神様は、あまのじゃくに違いない。

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なぜ幸せを探して不幸になるのか?

周りを見ると、「幸せになりたい」と思ってあれやこれやと頑張っている人をみかけるが、そういう人にかぎって、苦労している。

どことなく人相も険しく、不幸せそうだ。

幸せは求めているうちは見つからず、感じられない。闇雲にもがいても、ただ遠のくだけだ

幸せは自分が予想もしない、意外なところでひょっこり見つかるものだ。そこは予想も期待もしない場所だ。

だから幸せは探す必要がない

この意味で、もしずっと幸せを求め頑張ってもうまくいかなかったときは。

いっそ全てを投げ出して怠け者になるのもいい。自分を縛っているいろいろなものを、1つ1つ放棄していく。

全てを捨て身軽になったら、そこには新しい世界が広がっていることに気がつく。そして、自分がなぜ不幸なのか、その本当の理由が分かる。

幸せとは結局、見つかる場所で見つかるものなのである。

最後に

人生長い目で見ると、決して捨てたものじゃない。

「私は幸せになりたいです!」と鼻息を荒くしているときはなかなか、現実満たされることはなくて、むしろ「幸せでない証拠」だけが、目の前に積まれていく。

しかし、「私は私でこれでいい」と自分の人生そのものの価値を認めることができたらなら。もうどこかに幸せを探す必要はない。

探していた幸せが、もう目の前にあることに、気づいてしまうから。

出典

『将来の希望ゼロでもチカラがみなぎってくる63の気づき』(秀和システム、2012年)

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