幸福とは「なる」ものではなく「ある」ものである

草花を愛でる女

人は何かを経験したから幸福になるのではありません。逆に、何かを経験したから不幸になるのでもありません。

幸福については「なる」という言葉は使えないのです。つまり、私たちは幸福に「なる」のではなく、幸福で「ある」のです。

岸見一郎

学歴を入手して誰もが知る会社に就職する。お金持ちになって、豪華な家に住んで効果な服を着て優雅に暮らす。異性にモテモテまくって、毎日ブイブイ活躍する。

人生において、「○○さえあれば幸福である」というような、幸福の条件はとても明確なように思える。

ところがあいにく、幸福は何かを手に入れたからといって、深く実感できるものではない。

だから、世の中には不幸な成功者がいて、高学歴で高収入ライフを実現しても。周りからチヤホヤされる暮らしをしていても。異性にモテまくって肉欲を満たしても。

「自分の人生は不幸である」としか感じられない人々がこの世には存在している。

それはあくまで極端な例かもしれないが、ここに一つの貴重な気づきがある。すなわち、幸福とは何かを手に入れるもので「なれる」ものではない、ということだ。

「青い鳥」の話があるように、幸福は求めているうちは決して手に入らない。

何かを手に入れることで、何かを実現することで幸福になれると信じているうちは、決して幸福を知ることができない。

しかし、自分が今幸福であると気づくこと。それによって、初めて見いだせる感覚である。

だからこそ人生で幸福を探し求めることに意味はない。ただ、今自分の人生をじっと見つめ、幸福だと思える理由を探せばいい。

結局は、ただそれだけの話なのだ。そして、もしも幸福が見つからなかったとしてもそれはそれで、全然構わない。

今を生きている。今日一日一日を生き抜いている。それだけでもう、十分意味があるのだから。

出典

『成功ではなく、幸福について語ろう』(幻冬舎、2018年)